歴史に泳ぐカッコイイ異名・二つ名【提督編】

最近流行している「艦これ」というゲームをご存知でしょうか?
歴代の戦艦たちを美少女に擬人化した作品で非常に人気があるそうです。

プレイヤーは提督となってゲームを進めていく内容です。
今回は戦場で実際に活躍をした「提督」たちの異名をご紹介していきます。

そもそも提督とは?

上記の艦隊の総司令官としての用法から転じて、海軍の将官である元帥、大将、中将 、少将、准将及び代将の総称又は敬称

とされています。
凄く簡単に言うと「海軍の偉い人」的な意味合いになります。

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提督のカッコイイ異名・二つ名集

沈黙の提督:東郷平八郎

Tōgō_Heihachirō

東郷 平八郎(とうごう へいはちろう)
1848年1月27日~1934年5月30日

日本でもっとも有名な提督と言えば、東郷平八郎でしょう。
世界屈指の戦力を誇ったロシア帝国海軍バルチック艦隊を撃破し、日本の国際的な地位向上に大きく貢献した人物です。

その活躍は世界的に注目され「東洋のネルソン」「アドミラル・トーゴー」と非常に高い評価を受けました。

異名の由来は寡黙であることを実践していたからと思われます。

大久保利通にイギリス留学を頼み込んだ際に、いい返事がもらえずその理由が「平八郎はおしゃべりだから駄目だ」と聞き、それから自省をして寡黙になったと言われています。

世界三大提督に数えられることも多く、その理由としては東洋の名も無き小国が当時世界屈指の戦力を誇ったロシア帝国を打ち破った点にあります。日本の活躍を自国の勝利のように感じた人たちが多かったようです。

東郷といえば日露戦争で見せた「トウゴウ・ターン」。

こちらのサイト様でトウゴウ・ターンに関して詳しく解説されています。

http://ja.wikipedia.org/wiki/東郷平八郎

猛牛:ウィリアム・ハルゼー・ジュニア

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ウィリアム・フレデリック・ハルゼー・ジュニア
1882年10月30日 – 1959年8月16日

太平洋戦争で米第3艦隊司令長官として日本と戦った人物。
日米の戦いが始まってから終わるまで、戦場に常に身を置き、日本連合艦隊との艦隊決戦を望んでいたとも言われています。

勇猛果敢、短気な人物で知られ異名の「ブル・ハルゼー(猛牛)」もその性格から来ています。別の異名では「火の玉小僧」というものもあったそうです。

日本軍との戦闘に際し「敵を殺せ! 敵をもっと殺せ! 猿肉をもっと作れ!」など差別的で過激な発言が知られる人物ですが、原爆投下には批判的で「原子爆弾はいわば不必要な実験」と言っています。

前線に積極的に出る人物で、部下の信頼が厚く「あのじじいのためならいつでも死ねる」と言った兵士に対して「おい、若いの。俺はそんなに年じゃないぜ」と応じるなど愛されていたようです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/ウィリアム・ハルゼー・ジュニア

31ノット・バーク:アーレイ・バーク

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アーレイ・アルバート・バーク
1901年10月19日 – 1996年1月1日

アメリカ海軍史上で唯一、海軍作戦部長を3期6年の長きにわたり務めたという偉大な人物。
太平洋戦争中は日本と戦い、その経緯から嫌日家となり公の場で日本人を「ジャップ」「イエローモンキー」などという過激な人物だったそうです。

そんな過激な嫌日家が親日家になったきっかけに草鹿任一(くさか じんいち)との関わりがあるとされています。草鹿は海軍中将まで上り詰めた人物で、高潔な思想と人徳から広く愛されている人物です。

草鹿との出会いから、日本が早く占領状態から解放されるように協力、海上自衛隊の創設に尽力するなど一転して親日家となり日本のために尽力をします。

「31ノット・バーク」という異名の由来は「当時艦隊行動できる限界とされていた30ノットを超える31ノットで走行させた」ことから。

彼が死去した際には哀悼の念を表するため、就役済の「全アーレイバーク級駆逐艦が1分間31ノットで航行」したそうです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/アーレイ・バーク

http://ja.wikipedia.org/wiki/草鹿任一

ジョニー・ウォーカー:フレデリック・ジョン・ウォーカー

Fredericjohnwalker

キャプテン・フレデリック・ジョン・ウォーカー
1896年6月3日~1944年7月9日

第2次世界大戦中、大西洋の戦いを通じて、最も成功した対潜戦指揮官の1人であり、イギリス海軍に所属の人物。

対潜戦のエキスパートとして活躍。新対潜戦術の確立やそのカリスマ性から部下たちの信頼も厚く、ドイツの潜水艦であるUボートをもっとも撃破した司令官として知られています。

その活動は大西洋の戦いにおける勝利への助けとなり、第二次大戦において最も重要な指揮官のひとりに数えられる理由となっています。

海軍病院にて48歳で死去。あまりにも若いその死は激務と過度の疲労によって引き起こされたと言われています。

異名の由来は「同名のスコッチ・ウイスキーから」来ていると言われています。

http://ja.wikipedia.org/wiki/フレデリック・ジョン・ウォーカー

http://ja.wikipedia.org/wiki/ジョニー・ウォーカー

ニトログリセリン:アーネスト・キング

Ernest King

アーネスト・ジョゼフ・キング
1878年11月23日~1956年6月25日

第二次世界大戦中は合衆国艦隊司令長官兼海軍作戦部長として活躍し、戦略指導を行った人物。いわゆる「制服組」のトップとして辣腕を振るった人物です。

日本嫌いの嫌日家として知られた人物で、同時に同盟国であるイギリスにもいい感情を持っておらずなかなか気難しい人物だったようです。

上司からも部下からも嫌われやすい性格の持ち主だったようで、揉め事が多かったようです。しかしその有能さは誰もが認めるところで海軍士官としては非常に優れていた人物でした。

しかし、海軍贔屓のルーズベルト大統領が亡くなると、元陸軍大尉のトルーマンが大統領になり難しい立場になり、戦争が終結すると海軍士官としての有能さは必要とされなくなり厄介者扱いされたそうです。

異名はその苛烈な性格から「爆発物の代名詞である:ニトログリセリン」とつけられたものと思われます。

http://ja.wikipedia.org/wiki/アーネスト・キング

まとめ

歴史に泳ぐカッコイイ異名・二つ名【海軍編】いかがだったでしょうか?

  • ホレーショ・ネルソン(イギリス)
  • ジョン・ポール・ジョーンズ(アメリカ)
  • 東郷平八郎(日本)

世界三大提督といえばこのお三方です。
東郷平八郎以外の異名が見つからず、泣く泣く今回は除外しました。

では、本日はこの辺で!

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