【マジシャン】歴史を騙す奇術師の異名・二つ名

当サイトで人気の高い「二つ名・異名」シリーズ、久々の更新になります。
本日のテーマは「マジシャン・奇術師編」!!

世界を騙した素晴らしきマジシャンたちの異名をお楽しみください。

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歴史を騙す奇術師の異名・二つ名

脱出王:ハリー・フーディーニ

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ハリー・フーディーニ
1874年3月24日~1926年10月31日

本名はエリック・ヴァイス、ハンガリー・ブダペスト出身のユダヤ人で、アメリカ合衆国で名を馳せた伝説的な奇術師です。

異名の通り脱出術を得意としており、紹介している脱出王以外にも「不死身の男」などの異名で知られていたようです。奇術師の代名詞とも言われて、大人気ゲーム作品「ポケットモンスター」に登場するフーディンはハリー・フーディーニから取られているそうです。

フーディーニは奇術師としての面と超能力や心霊術のいかさまを暴露する「サイキックハンター」としての側面も持っています。母の死後に一時期、心霊術に傾倒していたそうですが、持ち前の洞察力と奇術師としての経験から次々にイカサマを見破っていきます。

愛していた母親と交信がしたかったゆえに本物の霊能力者を探していたそうですが、出会うことは叶わず、その怒りからサイキックハンターになったと言われています。

最期は楽屋に来た大学生に「腹部を強く殴られても平気」という芸を見せる際、フーディーニが準備していない段階で殴られたことが原因の急性虫垂炎で亡くなっています。

その人気から様々な作品に登場人物として、モチーフとして登場し、今もなお、奇術師の代名詞として愛され続けています。

https://ja.wikipedia.org/wiki/ハリー・フーディーニ

近代奇術の父:ジャン・ウジェーヌ・ロベール=ウーダン

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ジャン・ウジェーヌ・ロベール=ウーダン
1805年12月7日~1871年6月13日

フランスのブロワ生まれで、時計職人の職人として精巧な自動人形の制作を行うなど、非常に器用で知的な人物だったようです。マジシャンの世界に入ったのは40歳と遅いのですが、数々のオリジナルマジックを生み出し人気を博しました。

彼がマジシャンに与えた影響は非常に大きく、燕尾服をまとい、明るい照明の下で行うなど、現在の我々のイメージする「マジシャン像」を創りだしたことでも有名。そのため、ウーダンは「近代奇術の父」と呼ばれています。

オドロオドロしい「黒魔術的なイメージ」を奇術師から追い払った人物で「マジシャンとは魔法使いを演じる役者である」という名言を残したことでも有名です。

1856年にアルジェリアの反仏運動を、弾丸受け止め術などの奇術で沈静化したという伝説的なエピソードも残っています。

https://ja.wikipedia.org/wiki/ジャン・ウジェーヌ・ロベール=ウーダン

プロフェッサー:ダイ・バーノン

ProfessorandLarryJennings

ダイ・バーノン
1894年6月11日~1992年8月21日

カナダのオタワで生まれたマジシャンで、後にアメリカに移住。ニューヨークなどを中心に活動を行い高い名声を得た人物です。

近代マジックに大きな功績を残した人物と言われ、様々なマジックにまつわる理論やテクニックを編み出し、バーノンの理論やテクニックは本人の著書や様々な解説書、テクニック集としてかなりの数存在しています。

脱出王ハリー・フーディーニはじめ様々なマジシャンたちと交流があったそうです。膨大な知識量から「プロフェッサー」の尊称で呼ばれ、世界中のマジシャンから親しまれたと言われています。著名な弟子たちを残し、息子もマジシャンになったそうです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/ダイ・バーノン

魔術の女王:松旭斎天勝

Magician Shokyokusai Tenkatsu

松旭斎天勝(しょうきょくさい てんかつ)
1886年5月21日~1944年11月11日

東京の神田生まれで、本名は中井かつ。明治後半から昭和初期を中心に大成功を収めた女性のマジシャンです。家業であった質屋が失敗し、奉公先で奇術師・松旭斎天一(しょうきょくさい てんいち)に器用さを見込まれ弟子入りをはたします。

日本人離れした大柄な体格や美しい美貌で人気を博し、日本国内だけではなくアメリカで行われた興業も大成功を収めています。日本で初めて欧米風なマジックショーを披露し、そのパフォーマンスに民衆は熱狂したそうです。

27歳で独立し座員100人を越える「天勝一座」の座長になっています。「奇術といえば天勝」という代名詞にもなり、魔術の女王として圧倒的な成功を収めています。あまりに人気に偽物が複数現れたと言われています。

https://ja.wikipedia.org/wiki/松旭斎天勝

プリンセス・テンコー:引田天功 (2代目)

引田天功 (2代目)
年齢非公開

日本でもっとも有名なマジシャンと言っても過言ではない人物。1995年より全てのパーソナル・データが不詳、又は未公開になっています。名前の引田天功は初代引田天功の死後、1980年12月15日に襲名しています。

初代引田天功に1976年から師事を受け、当初は朝風まりとしてマジックをしながら歌うという異色のアイドル歌手を行っていました。

襲名以降は先代の意志を継ぎ、大がかりな脱出イリュージョンを展開。世界各国で公園を展開していき、「プリンセス・テンコー」としてもっとも有名な日本人のひとりになりました。

アメリカでは「テンコー&ザ・ガーディアンズ・オブ・ザ・マジック」というアニメ作品も登場しており、バビー人形シリーズとしては初の「実在の人物をモデルにした人形」として発売され、800万体以上が売れたそうです。

アニメの制作元であるサバン・エンターテイメントとはイメージを行わないための様々な契約がされているそうで、年齢設定24歳、太っても痩せてもいけない、コンビニやスーパーに行ってはいけない……などなど100以上の取り決めがあるそうです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/引田天功 (2代目)

まとめ

歴史を騙す奇術師の異名・二つ名いかがだったでしょうか?
本人は知らなくても間接的に見たこと、聞いたことがある人物も居たかもしれません。

個人的には大掛かりなマジックよりも、いわゆるテーブルマジックの方が好きで再びブームが来てくれればと思っています。

「マジシャンとは魔法使いを演じる役者である」の言葉の通り、一瞬でも本物であると騙してくれるような、そんなマジシャンが現れてくれればと思います。

それでは、本日はこれで失礼します!

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