無駄にカッコイイ歴史の事件・作戦名【ナチス・ドイツ編2】

画像引用元:http://commons.wikimedia.org/wiki/File:The_Valkyrie%27s_Vigil.jpg

新シリーズ「事件・作戦名」の二回目もまたまたナチス・ドイツ。
今回も名称だけではなく、簡単な事件・作戦の概要も解説しております。

それでは無駄にカッコイイ事件・作戦名をお楽しみください!

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ナチス・ドイツの事件・作戦名2

ツィタデレ作戦

Bundesarchiv Bild 101III-Zschaeckel-206-35, Schlacht um Kursk, Panzer VI (Tiger I)

名称:ツィタデレ作戦
時期:1943年7月4日~8月27日

ドイツとソ連によって行われた第二次世界大戦中の東部戦線で発生しました。結果的にドイツは戦術的な勝利を収めることに成功します。

しかし、ドニエプル川の渡河を許し要衝キエフまで奪回されるなど戦略的には敗北。

この戦いはドイツの独ソ戦において最後の攻勢であり、後はソ連が主導権を握っていくことになります。

この戦いの注目点は「両軍合計6000両以上の戦車戦」が行われたことです。史上最大規模と言われ「クルスク戦車戦」「クルスク会戦」と呼ばれています。

ツィタデレとはドイツ語で「城塞」という意味で、城塞とは町を防御するための要塞などを指します。

戦いの地であるクルスクには古くよりスラブ人の要塞があったことから、この作戦名がついたと思われます。

http://ja.wikipedia.org/wiki/クルスクの戦い

ヴァルキューレ作戦

nazis-tactics-second

名称:ヴァルキューレ作戦
時期:1944年7月20日

1944年7月20日に行われたヒトラー暗殺未遂事件の作戦名です。クラウス・フォン・シュタウフェンベルクなどが中心になり計画は実行されますが作戦は失敗に終わります。

クラウス・フォン・シュタウフェンベルクは翌日の21日には逮捕され、銃殺刑になっています。現在ではヒトラーの暴走を止めようとした英雄として人気のある人物です。

以前このサイトで紹介した「砂漠の狐」ことエルヴィン・ロンメルもこの暗殺事件の関係が疑われ服毒自殺を強要されています。

ヴァルキューレは日本ではワルキューレと言われ、北欧神話に登場する女神のことです。

時の権力者を暗殺しようとする事件はドラマ性が高く、しばしば創作のテーマになってきました。近年ではトム・クルーズが主演した「ワルキューレ」が有名です。

http://ja.wikipedia.org/wiki/ヴァルキューレ作戦

ラインの守り

Battle of the Bulge

名称:ラインの守り
時期:1944年12月16日~1945年1月25日

第二次世界大戦の西部戦線におけるドイツ軍の最後の大反撃で、ドイツ側では「ラインの守り」連合国側では「バルジの戦い」と呼ばれています。

結果的にナチス・ドイツの大きな賭けは失敗し、連合軍に敗北しただけでなく、東部戦線に軍を送る余力も失い、ソ連の進軍速度を早めてしまったという酷いものでした。

また、仮に勝っていても西部戦線を当時のドイツが維持することは難しく戦況が変わることはないと言われています。酷い言い方をすると無意味な戦いな上に負けたというのがラインの守りです。

作戦名の由来は「連合軍にラインラントの防御作戦と錯覚させるため」というものです。またドイツの民謡である「ラインの守り」から取られた名称でもあります。

http://ja.wikipedia.org/バルジの戦い

ノルトヴィント作戦

German counter in Alsace Lorraine

名称:ノルトヴィント作戦
時期:1945年1月1日~1月25日

西部戦線におけるドイツ国防軍による最後の攻撃作戦の作戦名のことです。先述したラインの守り作戦が傾きつつあったので、ヒトラーは2つの作戦を許可しました。

ひとつが連合軍の飛行場に対して大規模空襲を行う「ボーデンプラッテ(大鉄槌)作戦」で、もうひとつがノルトヴィント作戦です。

はじめこそ戦術的な勝利を得ることが出来たようですが、最終的にはドイツは敗北。ボーデンプラッテ作戦も失敗に終わり、一連の作戦は完全に失敗に終わります。

ノルトヴィントとはドイツ語で「北風」を意味する言葉で、正確な由来は調べた範囲ではわかりませんでした。

天候を作戦名に置くのは意外とポピュラーなようで、レーゲンボーゲン作戦(虹作戦)、ブリッツ作戦(稲妻作戦)などがあったそうです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/ノルトヴィント作戦

春の目覚め作戦

Bundesarchiv Bild 146-1989-105-13A, Ungarn, deutscher Rückzug

名称:春の目覚め作戦
時期:1945年3月6日~3月15日

別名ではバラトン湖の戦いと呼ばれ、ハンガリー西部のバラトン湖周辺で行われた作戦です。ドイツ軍の攻勢で独ソの戦闘になります。

作戦は油田の確保、ブダペスト奪還、ハンガリー戦線での主導権を奪い返すために行われましたが、作戦は見事に失敗しドイツの敗戦を早めることになりました

この時期になるとヒトラーに忠誠を誓っていたSS(ナチス親衛隊)もヒトラーに見切りをつけ始めており、軍隊としての機能が麻痺し始めていきます。

作戦名の由来ですが調べている範囲ではわかりませんでした。ドイツ人の劇作家のフランク・ヴェーデキントの戯曲に「春のめざめ」があるのですが無関係だと思います。

http://ja.wikipedia.org/wiki/春の目覚め作戦

まとめ

全二回で行ったナチス・ドイツの作戦名・事件名ですが時系列に並べて紹介を行いました。
春の目覚め作戦以降のドイツですが、皆さんが知っている通りになります。

1945年4月30日にヒトラーは自殺をし、その後ドイツは無条件降伏を選び敗戦国となります。
ヒトラーを中心としたナチス・ドイツは崩壊し、歴史に消えていくことになります。

ドイツに対してソ連は特に苛烈な報復をしたと言われ、強姦、強盗、殺人が多発して数多くの市民が自殺したと言われています。

特に女性に対しての暴行事件は凄惨を極め、女性総人口の6.7%である10万人が被害にあったそうです。

ヒトラーという男の描いた野望のツケを支払ったのは、ドイツ国民だったと思うとなかなかやるせない話です。

事件・作戦名シリーズ」は今後も書いていきますので、よろしくお願いします!
それでは本日はこの辺で。

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